昨年1年を通して、わたしが「わかった!」と思った画期的なことのひとつが「負の仕組み」です。
他に、これを提唱している人がいるのかどうかわかりませんが、わたしは自らの経験と、またそれに基づく仮説をもって多くの人へのセッションを実施した結果、ほぼ確信に近い手応えを感じています。
これはあくまでわたしの仮説であり、この仮説はまだ発展途上であることを最初に明記しておきます。
この話は長くなりますが、きちんと説明したいと思っています。
前回の話はこちら。
「負の情報」はクラウドである、というところまで前回書いたので、どういうことか、説明したいと思います。
まず先に結論からいうと、
あなた固有の負の情報というものはない
のではないかということです。
車のタイヤのことを考えて見るとわかりやすいのですが、マカバも本来であれば高速回転しています。
その状態であれば誰かが手出しすることはできません。
でも、回転が停止した時、つまり車が停止状態の時であればタイヤのホイールに何かを仕込むことは簡単なわけですよね。
マカバの回転が停止すると、そこに負の情報コードが取り付けられる、というのはそんなイメージです。
で、実際にあなたに何かのトリガーとなる「心の動き」が発生した時、取り付けられたパイプを伝って、負の情報が流れ込む仕組みになっている。
さて、「心の動き」と書きましたが、みんなの「心と呼ばれるもの」はどこにあるのでしょう?考えてみたことありますか?
皆さんは、過去の嫌な思い出やひどい経験、つまり一般的に「心理的トラウマ」と呼ばれるものは「心の中にある」と思っています。
この「心の中」という言葉から、身体の「内部」にそれがあると思っています。
しかしどうしてもそれでは説明のつかないことがあるわけです。
記憶というものは、自分の物理的な肉体の内部にあるものではなく、外側、つまりエネルギー体の方にあると考えたら、符号が合うことの方が多い。
で、
あなたが何かのアクションをしようという時に、その記憶に負の感情を乗せて脳内動画を見せられる、といったような例えで、説明になるでしょうか。
感情部分は、BGMのようなものだと考えたらもっとわかりやすいかもしれません。
つまり記憶自体には特に効果音もなく、淡々とした「映像」だと考えてみてください。その証拠に今、この場で、「昔の記憶」を思い出してみたらわかると思うのです。
「あー、そんなことがあったなー」という程度の、特に感情が動くことなく振り返れる「記憶」と、思い出すと嫌な気持ちになったり、悲しくなったりする記憶がある。
「体験」を自分内で昇華しきった記憶は、感情がマイナスに振れたりしないでしょう?
当然、嬉しかった記憶もあるわけですが、その喜び感情の再現て、結構難しかったりするでしょう?感情が触れるのは決まってネガティブなやつです。
それって、実は淡々とした映像であるはずの記憶に、重苦しいBGM、不安や恐怖、あるいは怒りなどのBGMが乗せられているわけです。
そのBGMを聞くと、反射的にあなたは負の感情を抱く。そして耳を塞ぎ、聞こえないようにするか、恐怖で尻込みしてしまう。
あるいは、怒りを爆発させて、周囲に負を撒き散らす。
このパターンはわかりやすいと思うのですが(そういう人、たまにいるでしょう?)、
周囲にしたら、そう言っちゃなんだけど「そんなに怒るようなことか?」というようなわかりにくい導火線(地雷のようなもの)に火がついたら、とにかく瞬間的に怒り出して、怒りの沸点まで行くような人。そして自分でその火を消せない。自分も周囲も疲れはてるまで怒り続けるような。
それって「パターン」になってると思いませんか?ちょっと変だと思いませんか?
つまり、要するにあなたを前に進めなくさせたり、人間関係を妨げたりして、結果的にハッピーな方向から遠ざけるわけです。
わたしは、それが負のコードを通じてクラウドから流れてくる、負の情報だと捉えています。
で、この負のクラウドには何が入っているのか、という話を次に書こうと思います。
>>続く
=============
負のシステムから抜ける、負のコードを切るセッションはこちらから。