もう数年前(5年以上は前)の時点で、私達の腸内細菌のDNAを調べたら産まれた産院の特定が出来ると聞いた(専門医師監修の講座で)。私達の体内には産まれた時に得た常在菌ファミリーが、世代交代をしながら多様に住んでいるのだ☺️🧍🧍♀️🕴️🌏️
— みゆ(miyuki koga)😘 (@tetoilumiyu) August 23, 2022
ああ、腸内細菌についての解明が、どんどん進んでいるんだな、、、
腸と感情の関係や、体外にある「不可視DNA」(と、わたしが便宜的に呼んでいるもの)も、もしかしたら想像しているより早くアカデミックな研究対象となるかも知れない。そうなったらいいなぁと、希望的観測。
ところで今、月1ぐらいで「ミゾクイ会」という古代史の勉強会を開催しているのですが、その関係で、古代ユダヤの風習について調べています。
で、「血の不浄」という概念について、こんな項目がありまして。
ま、ちょっとジェンダー平等の観点は置いといて話を進めます。
夫との性交渉もさけられ、部落内に設けられた共同の別小屋「月経小屋」に、彼女は月経中およびその後の「数日あるいは七日程度」にわたって、こもらなければならなかった。これを「忌みの期間」という。
そこは男子禁制であり、食事も家族と別扱いであった。月経小屋の風習は明治初期に廃止されたが、それまでは日本全国でみられたのである。
現在の日本人の多くは、こうした風習を知らないし、経験したこともないだろう。しかし、これは古代イスラエル人の風習と全く同じなのだ。イスラエルにおいても月経中の女性は神事に参加できず、夫から離れて、月経小屋にこもることが行なわれた。こもる期間は、月経中およびその後の「7日間」だった(レビ記15章19、28節)。
この「こもる」ことを、「血のきよめのためにこもる」といった。それは清めのため、また汚れを家や村に持ち込まないためであった。現代のユダヤ人も、女性は月経中およびその後の7日間、夫との性交渉を禁じられている。
筆者は以前、エチオピアの「ファラシャ」と呼ばれるユダヤ人について書いてある記事を読んだことがある。記事は、彼らに今も伝わる「月経小屋」の風習を解説していた。
Arimasa Kubo. Shinto no Roots to Yudaya (Japanese Edition) (Kindle の位置No.927-937). Remnant Publishing. Kindle 版.
と続き、その小屋の写真も掲載されているわけなのですが、
これを読んだ翌日に、どういうわけだかこういう記事を偶然見つけてしまいました。
生理、出産は薄暗い小屋で?少数民族のタブーに挑み、女性の生きづらさ変えた日本人
非常に興味深い記事なので読んでみてほしいのですが、この中に、
という記載があり、これはどこのお話かというと、パキスタンの山岳地帯らしいんですね。
ですが、今読んでいる古代ユダヤの風習とまったく一致するわけです。 地図で見るとなかなかに「ふう〜む」という気がしてきます。ー教の名残りかも知れないし、かつての離散支族の名残かも知れないしね。
ともかく、日本でも、月経小屋から出ると川や泉などの「自然の水」で清めたらしくて、古代ユダヤも然りだと。
興味深いのは、出産も「汚れ」で、延喜式には「忌み」の期間が7日間と定められている。その時に籠るのが「産屋」で、産婦は家族と離れて小屋で過ごす。 7日籠って出産したら、その後1ヶ月ないし100日ぐらいをその男子禁制の小屋で 過ごし、食事は運ばれてくるので、母体の静養の意味もあったらしいのですが、まあ、この辺も旧約聖書に書かれていることと一致しているという話。
ただ、我々が理解しておく必要があるのは、
だから「女性は不浄だ」ということではなく、汚れた人間がいるわけでもなく、「汚れ」という状態や特定期間がある、というとする考え方だ、ということだと思います。
さて、それで、日本でも古代ユダヤでも、その「おこもり期間」が明けると何をするか。
それが「宮詣り」。
しかも、赤ちゃんを抱くのは母親ではなく、旦那の親。そこまで同じなんだそうで。
で、これはどうしてなんだろう?と、わたしが考えるに、
思いついたことは 「菌」 じゃないかな、ということです。
つまり、この時まで赤ちゃんは、母親の菌のみを持っている。
そこに旦那家の菌を、神前で初めて交わらせる、という儀式なんじゃなかろうか?
そのようにして赤ちゃんは、両家の菌を得て、両家の「性質」を受け継ぎ、「子は鎹」の役割を果たしていく。。。。
そんな風にできてるのかも知れないなあ、と考えたりしました。
一見、むちゃくちゃに思える古代の風習って、実は現代では考えもつかない合理性があったりすることもあるから、いにしえの人たちが菌について熟知してたとしても不思議ではないよなーと思いました。