ギックリ腰(背中だけど)を含む、空前絶後の絶不調からようやく抜けた感ある本日のアタクシ。
やっぱり地面のチカラ(=植物のチカラ=エッセンシャルオイル)が決め手となったと思う。
人はこの世に生まれ落ちたそのあとは、いかにして地面のチカラと仲良くして生きるか「だけ」が、人生のクオリティに関わる重要ファクターなんじゃないかと最近思うようになってきた。
そうじゃなければ「産土神」のような概念が存在するわけがないんだよ。
結局のところ、人は地面なしに生きられないんだからね。
→ という話の続きはnoteに書いた。
・・・・しかしながらこう書いていて、
「空前絶後の絶不調」というのが、我が人生にはなんと多いことよ、と思った。
今回のは、確実に「チュー」からのアレだけどね(でも、それだけとも思えない巧妙なものを感じるんだよなあ)、
特にこの数年は「死ぬかと思った」体験が多すぎるんじゃないかと冷静に考えて、思うわけだよ。(でも慣れた)
こんなの聞いたり読んだりしても、誰も想像できないと思う。絶対に。
だから「不調」とかそういう表現は、状態に対してマイクロ過ぎるんだよね。
控え目に言っても地獄だよ。
結果、こうして生きているけど、「死ぬかと思った」って、大袈裟じゃないからね。。。。
でも、つい最近、「あ!」と気づいたことがあるんだよね。
結局、「死ぬかと思う」ような体験のたびに、確実に自分の意識範囲が拡大している。
どういうことかというと、確実に「常識」から「さらに」自由になっているということ。
そしてそれ以前には思いもつかなかった範囲とか方向の方に、どんどん意識が向くようになっている、ということ。
つまり思いを巡らす範囲が、どんどんデカくなっていく。
意識範囲が拡大するだけ、リーチできる層が深くなる。
でね、それって、つまり、
脳髄?脳幹?どこかわからないけど、脳のどっか(テキトー)のタイトジャンクションが緩む
ってことなんじゃないのかな。
あ、これは腸と違って、かなり良いこと。それまで流れていなかった箇所にいい感じに「液」が流入していく。
左脳情報を右脳に、右脳情報を左脳に、交換が瞬時に起きる。
つまり本当の意味での「統合」。
普通の人はそこが厳重にロックされてしまっている。
でも、そこを解く鍵は「ケトン体」。
関係しているような気がするよー。なにしろ頭痛くなるからね、ものすごい勢いで。
(過去に、「ケトン体」が人類進化の鍵っていう話をしたと思うんだけど、どこに書いたか忘れちゃった)
自分の中に「コアな負」が残っている状態だと、意識の拡大には制限がかかっている状態。
ある一定層までは行けるかも知れないけど、そこから先には進めない。(ある意味安全地帯にいる)
その意味でも、みんなーーーー!真に二元性から離脱しようーーーーー!