
「カタチ」とカタチから来る「作用」また地球の変化に関して非常に非常に興味深いTEDの発表を見つけたので記しておきます。しかもこれはTEDでバンされたようなので、本当に真実かもしれない。
見たら納得できる話だし、「形態共鳴」というこの考え方が、もしかしてマリア像のナゾを解く鍵の一つかもしれないと思ったんです。
ルパート・シェルドレイクという生物学者によるお話。著書を検索したけどもはや日本語で読めるものはナシ。
以下は抜粋。
今や「自分は神を信じていない。科学を信じている」が全世界中に広がっている信念体系(ビリーフシステム)になっている。
けど、科学というものは、「理性と証拠に基づいた純粋な探求」VS「科学で全てを言い表そう」という対立になっている。
この科学がすべてであるという信念体系。それこそが科学的な探求の自由を抑制し、阻んできた。
19世紀後半以降、この世界に存在するものはすべて物質であるという見立ての「物質主義」という枠組みの中で科学による信念体系ができた。この物質主義が取り払われたら科学は再生する。
現代科学には、全世界の人があまりにも当たり前と思い込んでいる「10の教義」がある。
1)自然や動物、宇宙や地球のすべてが機械のようにプログラミングされて動いているという考え。
リチャード・ドーキンスは、我々は遺伝的にプログラムされたコンピュータを積んだロボットのようなものだと言っている。
2)物質には意識がない。
宇宙の星や自然界のすべてに意識がないというなら、我々にも意識がないと言っているのと同じだ。
3)ビッグバンの時から自然の法則は何も変わっておらず、今後も永遠に変わらないとする考え。自然の定数も変わらないという考え。
4)エネルギー保存の法則。
ビッグバンの時以外、物質とエネルギーの総量は決して変わらないという考え。この考えでは宇宙のエネルギーは限りなく小さな特異点に存在していることになる。
5)自然には目的がないという考え。
進化は単なる環境適応であり、特に目的はないとされている。
6)生物学的遺伝子は物質であるという考え。
あなたに遺伝されたものは、遺伝子や細胞質遺伝にあるという教義。
7)記憶は脳の中にある物質的な痕跡として保存されている。
脳が記憶しているという考え。
8)心も頭の中にあるという教義。(*これは西洋の考えで日本人はピンとこないかも?)
意識は脳の活動である。
9)テレパシーのような現象は不可能だという教義。
すべてが脳の活動であるから、精神的な活動を信じない。統計学を知らないか、願望的思考によるもの。
10)機械的な医学だけが効果のあるもの。
政府はこれにしか資金提供しない。代替医療や補完的療法に効果がないとしている。効果が見られる場合は「たまたま」か「プラシーボ」。
以上が高度な教育を受けたほとんどの人が持っている世界観で、医療システムや保険はこの考えの上にできている。政府の基盤となってもいる。
自分はこれらに疑問を持っている。
1960年代にビッグバン理論が登場するまで、宇宙は永遠の数学的法則で支配されていると考えてきた。ビッグバン理論後もその考えは引き継がれている。
宇宙は進化してきたが宇宙の法則は進化しないの?人間の法則は進化してきたが自然の法則は?
「石が落ちるのは法則だから」と言われたらそうだと信じて慣れ過ぎてしまった。
「形態共鳴」という仮説がある。20世紀のアメリカの哲学者C.S.パースが提唱。以降、科学的仮説として自分が発展させてきたアイディアでもある。
自然界のすべてには集合的記憶があるという仮説。
キリンの胚が母体で成長するとき、過去のキリンたちの形態共鳴に調整されている。過去のキリンの記憶が引き出されるから「キリンのように」成長して、キリンのように動くようになっている。
しかしそれはタンパク質を作るための適切な遺伝子を持っていることが条件となる。
でも遺伝子は過大評価され過ぎている。遺伝子はタンパク質を作ることにのみ関与している。形態や行動には関係がない。
すべての種は固有の集合的記憶を持っている。それはDNAを持たない「結晶」ですらも同じ。まったく新しい結晶が生まれたならば、それは記憶を持たない新種の結晶であるだろう。
だから世界のどこかで新しい結晶を作ったら、別などこかで二番目の結晶が作られると、その記憶を持つことになるので結晶化が容易になり、その次にはさらに容易になる。これには実際の化合物エビデンスがある。
これは生き物の行動にも同じことが言える。ロンドンのネズミが新しい技を覚えたら、世界中のネズミが同様の技の習得が早くなるのではないか(*いわゆる101匹目の猿と同じ)。これには実際の実験結果もある。
すべては固定された法則ではなく、進化する習慣に依存したことなのだ、というのが形態共鳴の仮説。
*シェルドレイクの仮説
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%81%AE%E4%BB%AE%E8%AA%AC
次に、自然の定数について。
重力定数や光の速さのように一定とされているものも、本当に一定なのだろうか疑問がある。
古い物理学ハンドブックを探しにロンドンの特許庁に行った。新しい値が発見されれば古いものは捨てられるはずだが、ここには保管されていた。
1920年から1945年の間に光の速さが約20㎞/秒も減少していることを突き止めた。この間に世界中で光の速さは減少していた。しかし45年には48㎞/秒増加している。
どうしてこのようなことが起きるのか興味深いので、国立物理学研究所に行き、計測学の責任者に会った。
すると彼は、あなたは物理学界の恥を突き止めてしまいましたねと言い、実際に光の速さが落ちたのかどうか尋ねると、「それは定数だから落ちることなんてあり得ない」と言う。だとしたらこの数値は物理学者が改ざんしたものなのか?と尋ねると、そうはい言いたくない、と彼は答え、では何なのか?と聞くと「知的位相ロック」と呼ぶことにしたい、と答えた。
では「知的位相ロック」の影響は現在はないのか?
(以下略)
光の速さは1972年に定義よって固定したんだ、と彼は言った。メートルの長さは光の速さを基準に定義されているから、光の速さが変われば長さの単位も変わることになる。だから仮に光の速さが変わったとしても、我々はそれを知ることは決してない。そう言って彼は満足した。
それならば万有引力定数はどうなるのか?と私は質問した。ニュートンの万有引力は近年1.3%以上変化していて、それも場所や時間によって異なるのだが、それも彼は「単なる誤差だ」と。
しかし、計測を見ていると、確かに各地で数値は違う。彼らはその平均値を出しているに過ぎない。計測は世界各地で行われ、異なった値が出ている。だから10年ごとに開かれる会議で、世界の平均値を出し、ビッグGの値を決定している。
だが実際に、ビッグGは変動しており、地球が銀河系内を動く際に暗黒物質などの影響を受けてビッグGも変化するとしたら、ほかのすべても変動することになる。
すべての気象データが公開され、どんなタイミングで数値が上がったり下がったりするのか観測することは非常に興味深いはずだが誰もそれを行なっていない。Gが定数だとされているからだが、それこそが思い込みで、科学を阻害しているのではないか。
定数は意外と大きく変動している可能性はある。
科学は、我々が意識を持っているという事実をうまく扱っていない。思考は脳だけではないという事実に科学は対応できない。すべての経験が頭の中で起こっているというのが一般的な見解だ。
しかし私は視覚とは、外への投影も含まれると考えている。あなたが見ているものはあなたの心の中にあるけれど、頭の中に閉じ込められているわけではない。我々の心は、脳の外にも広がっていて、その映像は我々が見ている対象にも影響を与えていると考えている。
私があなたを背後から見つめたとしたらあなたは私を認識できない。私はあなたに影響を与えることができるでしょうか。あなたは私の視線を感じることができるでしょうか。
しかし「誰かに見られている気がする」経験は誰にでもある。動物は自分を狙っているものの視線を感じる力が強ければ生き残り、そうでなければ淘汰された。
我々が遥か遠くの星を見つめる時、その星に意識が向かう。星に触れているのと同じ。
21世紀になってもこの問題は深く掘り下げられていない。先の10の教義を問い直す時が来ている。
私は、科学が「生命の肯定」に向けて新たに生まれ変わるよう願っている。