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勝てるわけない負の暴走を御そうとしないこと

最近実に目まぐるしくいろんなことが起き、さらに時間の記憶がおかしい。

自分メモ的に残しておこうと思っていたことがあるけれど、なんだっけ?すでに思い出せないから、別なことを書く(笑)    

 

そういや、こんなことがあった。

わたしは今、ネガティブコードを切る「因縁探偵」セッションの他に 「小商い支援セッション」として、その人のやりたいことの具現化や、やっていることの交通整理をしてブランディングしてリリースするまでの支援もしている。

(代表例として「3mani.jp」があるが、その顛末と実例はオンラインでプロセス共有されているので、何かやりたいと思っている方はご覧いただければ!)

後者の方はまあ、細々とやっている訳で、「相談してくれたらやりますよ」という感じだ。  

 

年末、ある方から「いい加減に次のステップに進みたい!」という強い決意で依頼があり、セッションを行い、

スキルにも経験にも十分恵まれている方だったので、要点をまとめ、方向づけをし、ドキュメントを渡し、「あとは実務を進めるだけ」ということになった。

すでに本来的なモチベーション(自分の何を、誰に向けて、どう展開したい)は持っているし、 その中で、同じカテゴリのいわゆる同業他社と何が違うのか、明確な色付けもできたので、 あとはそれを文字にして書き出せば、立ち上げるウエブサイトの原型はできてくる。

セッションはスムースで滞りなく終わり、実に気持ちが良かった。  

次のこの、「実際に形にしていく」プロセスは、 実務の細かな部分の「寄り添い」「併走」になるので、期限を決めて、いただくフィーの金額を決めた。  

 

これに関して、以前からやってみたいと思う考えがあった。

というのは、、、、

例えばウエブサイトなどのモノを「完成させた」というだけでは、実際にはクライアントは「マイ商い」に注力しています、とは言えないわけで

ぶっちゃけサイトなんか誰にだってできるわけで、むしろ本当の勝負は、 サイトが立ち上がってからどれだけ本腰を入れて、本気になって、その商いを成就させようとするか という自身の前向きなエネルギー投下(=創意工夫、深掘り、見直し、新しいトライアルなど)が大事。

というか、それが普通に言うところの「ビジネス」であり、小商いのスタートだ。 そこからが「実際の血肉となるスキル」を養う場になってくる。  

 

でも往々にして、サイトを立ち上げた段階で満足してしまい、その後の稼働はしない、 いわゆる「死んだサイト」にしてしまう人は多い。

サイトはスタート地点の小さな一歩で、結果を出すためには「その後」が勝負。

わたしは「その後」こそがすべてだと思ってるから、 サイトを整えた時点でフィーをもらっても、それはただの、な〜んていうか、、、、 なんと言いますか、

要するにわたしのノウハウ提供含む稼働分として「しか」得られない満足なわけで、 クライアントが本当に「花開いたーーー!」という姿を見る真の喜びは得られないことに、少なからぬつまらなさを感じてもいた。

 

けれど、一人だけの力で物事を推進できるわけじゃない人がセッションを受けるわけで、 サイトができるとその後の商売の「やる気」は消滅してしまうのなら、 どうしてもその商いを成功させよう!という強いモチベーションを作った方が良い。  

それで、わたしが考えたのは、

「2ヶ月でサイトを作る」と決めて、そこまでの伴奏に関してフィーは払ってもらう。

次に、サイトが立ち上がったら、一旦そのフィーをお返しする。

つまり、クライアントは20万で、わたしのノウハウを買うわけだが、返金されればタダでノウハウを得たことになる。

そして、次は

実際に、その商いで稼ぎを得て、その収入からわたしに同額を払ってもらう。

これによって、「見せかけのやる気」ではなく、実務に取り組む「必要」が発生するわけで、 これがうまく回れば誰にとってもハッピーなことになる。

わたしとしては「やっぱ途中で挫折しました」みたいなことであれば いくらお金をもらっても、自分の満足からは遠いなあ、、、、と感じていたから、この仕組みを試す良い機会だと考え、これを提案し、合意した。

その時まではクライアントも前のめりだった。  

 

 

ところが。

年が明け、作業を進めましょう、という段階で

「あの時はすっきりしていたけれど、今になったら何も頭に入っていない。着手しようとすると混乱して、どうしたらいいかわからない」

といってパニック的な心理の吐露が続いた。

そして肝心の、商いに向けた取り組みはいつまでたっても始まらない。

 

負のコードに巻かれた場合のある種の特徴として、心理パニックになると、そこだけに意識がFIXされる、というのがある。  

まあ、これが「負のコードの凄さ」なわけだが、 ちょいちょいは前向きになっても、いざ、という時に進めることができないのは、その人を前に進めさせない「何か」がある、とみて良い。

そこで「負の解消」を先に取り組もうという流れになったが、

話をしても、質問と返ってくる答えが一切噛み合わないようになり、一人語りが繰り返される状態。

グリッドの展開に関しても、きちんと説明をしても、実際に配置されたグリッドは一切、その説明を聞いていなかったとしか思えないようなものばかりが出てくる。

 

これでは「負の解消」も進まず、商いについても進まず、

ただただ噛み合わない感だけが増殖していき、こちらが蝕まれる。

 

コミュニケーションがここまで成り立たないのであれば、今、こうして対峙している膨大な時間は、いったいなんのためなのか? という疑問がわたしの中に湧き、それが非常に気持ちが悪かった。  

 

そこで、わたしの出した結論が、掲題の通りで

いったん全額を返金する、と決めて、即座に実行した。  

もちろん、当人には、このままではどこにも向かわないからどうしますか?ということは尋ねた。

でも、負に巻かれて明晰な思考能力が失われている状態では、冷静な判断に基づいた答えや合意ができるはずもなく、

イエス・ノーを問うだけの時間に手応えなく2時間も費やしてしまうことになった。

 

もちろん、割り切れば、この結論に到るまでに膨大な時間と労力をわたしは使ったので、返金の必要はないかも知れなかった。

しかし自分もクライアントも、これが何のための時間で、何のための費用なのかは納得している必要がある。

少なくともわたしには明快な線引きが必要だったので、いったん全てを白紙にした方が良いと判断したから、有り体にいえば「損」はしたけれども、自分に必要なむしろ授業料だったと納得している。

 

あまりにも厄介な「負」に対して、

自分は絶対に解決できる!などという気持ちを持つことは危険だ。

手に負えないものは手に負えない。

そこを義務感や意地になって絶対どうにかしてやろう、と関与してしまうと、時間だけが奪われるだけでなく、こちらの精神衛生上よろしくない。

むしろ他のクライアントに影響が出ることをわたしは避けなければいけない。

 

物事は全てタイミングがあるし、

そのクライアントは本来なら頭脳明晰で、非常に冷静な視点をお持ちの方だとわかっているから、時が来れば、そして本人が望めば、また取り組みをスタートさせることはできるはず。

 

 

我ながら、うまく判断できたな、と思った出来事だった。

 

ただ、強力な「負」って本当にすごい、という実感は残った。

人の記憶や意識までも書き換える。

心療内科などでは、それに適当な病名がつけられるのだろうと思った。そして適当な向精神薬が処方されるのだろう。

 

なかなかに、なかなかな話だと思った。

 

 

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