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なぜ、うまくいく人といかない人がいるのかという根本

思えば、わたしの「転機」は2010年だったなあ、、、と

今、3月から始まる講座の資料に目を通していて思った。

 

それまでは都内のタワーマンションに暮らして、「地面から離れた生活は嫌だなあ」と感じながらも、まあ定石どおりにIT系なんかに勤務して、ネットマーケティングだー、戦略だー、CTRだーコンバージョンだーなどということをやっていたわけだが、どうにも自分が血道をあげてやるべき仕事には感じられず。

給料は高いが、そんなもんで得られる満足は非常にわずか。

要するにつまんなかった。

一生をかけて「やり抜いた」と思える仕事か?って、常に思っていた。

思っていたのに、なぜそれを続ける必要がある?

結婚生活も思ったようなものではなく、自分の人生が極めてみみっちく終わる予感しかなかった。

まさに八方塞がり。

 

え、この自分が?

問題は多々あった、ありすぎるほどあったにせよ、生まれた家庭では愛情を受けて育ったし、望むことは得られてきたし、経済的な苦労も知らず、しかも強運でもあった。

海外に住んでも、ビビることは特になく、調子よく、のびのびと、まーそれなりに馴染んで生きてきた。

そーゆー意味では「苦労」は家庭内のいざこざで、それは耐え難いものだったけれど、

え、そんな過去の日々が、自分の人生最高の日々だったってこと?

え?そんな過ぎ去った日々が?

 

引き換え、今は目の前のニンジンは、仲良い人たちと遊ぶこと、ぐらいで、それが生きる喜びだなんて、

そんなものが「人生」だなんて、

そんな一生が「普通」だなんて、

どうにも思えなかったし、

この先「良い感じ」の日々なんて来るわけ?それ地獄じゃない?

その頃からなんだか自分に現れはじめた超常的な現象はこれいったいなんなんだ?と思っても、そんな話は誰にも相談できもせず、確信もなく。

 

自分で調べ、自分で解釈し、自分なりに「違和感を持ちつつなんとなく理解」したりして、

あるとき思ったのが、

人間は地面とかけ離れては暮らせない!

という決定的な気づきだった。

 

そんなら「地面のあるところ」で暮らそう、と、やけのやんぱちみたいな気持ちで決めて、じゃあ地面て何よ?と思った時に、

自分が生まれた土地の地面だろうよ、そーだそーだ、それ以外にないさ!

と勝手に思い、

戻るなんて考えもしなかったマイタウン鎌倉に戻ってきた。

と言っても親元はあの調子だし、ある意味普通の移住者と同じように、極めてふつーに家を探すところから始まった。

 

 

こういう決断に至っては、誰からもアドバイスをもらうこともなく、ましてや結婚相手一切の理解など示さず、

もういい!

自分一人で勝手に生きる!アテはないけど!

と、本当にものすごい「もういいよ!感」で、自分だけで決めた。

 

 

今思うと、あの時の

「もういい!」

にこもった力は、まさにスーパーパワーだった。

 

鎌倉なんかド田舎。仕事なんかないだろう。ましてや高待遇なものなど望むらくもない。てことは、これまでに歩いてきた道が、全部消えて無くなるわけで。

しかし知るか!そんなもんは全部失っていい!

と思ったし、

また、鎌倉に戻ったら素晴らしいことがあるから、などという見通しすらなく

 

例えていうなら「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラ

わたしにはタラがある!

と言ってすくっと立つ!みたいな、

あれを見た時にはお子様だから「だからなんなんだ???」だった気持ちが

わたし的な解釈で、我がもの、我が感覚となり、脳内あの音楽が流れてきて

ショートカットのわたしの髪は、スカーレットのように風にたなびくのであった。

 

 

 そう、まさに

TOMORROW IS ANOTHER DAY だよ、このヤロー!

 

そんな気持ちで、決めた。

決めたら、もう二度と、揺らぐことはない。

決めるとは、そういうことだ。

 

 

うー

今書いていて、そーだあの時の気持ちは、後にも先にも、、、と思ったが

嘘つけ、だ。

その後もう一度あった。

離婚した時のことだ。

そーだったそーだった。

 

 

ま、とにかく。

「わたしにはタラがある!」

から先は、とにかく、

望んだら与えられる

そればっかりを気づかされてきた。

 

 

だから今となっては

望んだらいいんでしょ?

ということ以外、特にないから

人生はアホみたいに簡単になった。

 

 

「わたしにはタラがある」は、

逆に言えば、「自分にはその土地以外、何もない」ということで

(それは土地の資産価値とかそーゆー意味では一切ないからね💢)

すべてを失った人にでも、やっぱ「地面」は、ものすごい恩恵を与えてくれるわけだが、逆にそれ以外のものは、すべて捨てる必要があったんだなってことを

わたしは体験的に学んだ。

 

 

すべて失ってもいい

という感覚は、「覚悟」の話で、

「いや〜、そうは言っても〜」みたいなことに拘泥してる限りは

マダ〜ム、失礼ですが望み過ぎていますよ

ということになる。

あれとこれは確保したい、でももっと欲しい、というような、そんな都合良く話が進むかよってこと。

それじゃ、全くのコンフォートゾーン内だから、何も起きない。

すべて失ってもいい!は、いわば「精神的出家」なわけだ。

 

 

てか、精神的に出家さえできりゃ

その後はなんでも与えられるわけで、むしろ失うことなんか1個もなかったじゃん!という「なんだよ感」を得られることになるわけだが、

精神的に出家してないうちは、

この「精神的出家」を拒んでいる限りは、

言っても大したことは起きないだろうと思うし、そういう例をわたしは見たことがない。

 

 

で、

だけどね、

それって精神的出家に「追い込まれる人」に限って有効な話なんじゃなかろうか、と最近思うわけです。

この世の、「人並みの」「常識的な」生活に疑問を抱かず生きていられる人の場合、出家する意味がありませんから。

あと、少しの苦労は「我慢が当然」と乗り越えちゃってる人。乗り越えてることもわかってない人なんかも同じです。

え、なんで全部捨てる意味があるの?ソコソコうまくいってんだから。

そう思うのが当然ですよねえ。

 

 

 

最終的に、

「なんだか知らないけどうまく行った人」っていうのは、つまり出家を強いられた人なわけで、

出家を強いられるようなすんごい苦しい体験がなければ、わたしだって今頃、こんな話をしていませんわね、

ということに気づいた。

 

望んだら与えられるのは本当だけれど、

その前に、

もういやだ!

と思わされるほどの強烈な苦しみ。

 

そこからの離脱は、

全部捨ててお行きなさい、というガイダンスを、勝手に魂がキャッチしたってことで、

うまいこと捨て切れてわたしはラッキーだったなあ、と思う。

 

むしろ、

こうなってしまえば、そーゆー苦しみがあったればこそだよ、となっているので、

わざわざ昔の体験が、ああどんだけ辛かったか、、、という話をするのが「辛いから嫌だ」じゃなくて

コロッと忘れている

というのがぶっちゃけた本音のところ。

 

そう、忘れちゃってるんだよ。

だって、今に続く「その後」がイイんだから、そーゆー体験がなければ今の状態もないんだから、特別「悪かった時期」という話でもなくなっちゃって、のっぺりしてるんだよね。

 

だから時々、こうして

そーだったそーだった

と思い返してみるのはイイな、、、って、いま思ってる。

 

 

ものすごい辛い思いをした人で、

なんだか知らないけどそんなにうまくいってない、というのであれば、

捨てるべきものを捨てきれていないんじゃない?という点を見直しするといいかもしれません。

てか、それ以外にはないです。

「せっかく」そんな体験がもたらされたというのにねえ、、、

それ、「ジャンプアップ権」みたいなもんだからね。

誰にでも等しく配られる利権だよ(笑)

 

 

で、別にジャンプアップなど望まないのであれば、

もう、特に不満を感じたりするのはやめたほうがいいです。自分を蝕むことになるよ。

 

 

ではまたー!

 

 

 

 

 

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